
子どもの頃の私は思ってた。
「父や母にも子どもの頃はあったはずなのに、どうしてこんなにも子どもの気持ちがわからないんだろう?」って。
私の気持ち=子どもの気持ちなのは大目に見てほしい。
そして、子どもだった頃の両親もきっと、私と同じことを考えていたに違いないと信じてもいた。
これが「子どもって単純、うふふ」で済まないのは、
親になった私もまた
「親から口うるさく言われるのは嫌だろうから、子どものことはなるべく放っておこう。
それを子ども自身も望んでいるはず」
だと信じていたから。
構造が同じ!!
でも、
人が同じように感じないのも
同じように考えないのも
親か子か以前の問題。
口を出されないことで
「私に関心がないのかも?」とネガティブに感じる人もいるだろうし
困っているのに助けてと言えなくて
「大丈夫?」って言われるのをじっと待ってる人もいるだろう。
私は子どもだった時の私じゃなくて、
目の前にいる私の子ども“その人”を見なきゃいけなかったみたい。
そう思うようになったのは、
子どもが成人して“大人”になったからかもしれないし
遅ればせながら私が成長した証かもしれない。
それとも順調に人生を闊歩していると思っていた子どもが知らぬ間に壁にぶつかって負傷していたことを知ったからかも。
私が思ってた以上に、子どもは私を必要としてきたのかもしれない?
私にできることは本当はもっとあったのかもしれない?
そう思ったから
これからは聞こうと思う。
それが誰であれ、相手の気持ちを推しはかるだけじゃなくて
素直に聞いてみる。
余計なことを言わないように距離をとるよりも、余計なお世話なら「いらない」って
言える関係を築いていきたい。
親になって28年目、遅まきながらそう考えた。
なにかに気づくっていつでも半ば後悔なのよね。
「わかってなかったなあ…」って。
仕方ない。
変わっていこう。