
10年ほど前だろうか、有給休暇をかき集めて旅に出た。
目的地は島根県の「足立美術館」。
新幹線と在来線を乗り継いで一日、ようやく「安来駅(やすきえき)」に着いた。
安来駅は島根県の最東端の駅。
ホームが2つ、線路が3つの小さな駅だ。
旅好きの人には、足立美術館へのシャトルバスが発着する最寄り駅と言った方がお馴染みかもしれない。
降りる人もまばらな静かな駅だった。
その待合室(改札と券売機の横に椅子が並べられただけのスペース)に当時、河井寛次郎の書があった。恐らくコピーだろう。
飾り気のない額に入れられ、無造作に壁に掛けられていた。
新しい自分が見たいのだ——仕事する
なんというか、心を奪われた。
仕事に追われる日々に嫌気がさして、とにかく遠くに行きたかった私には眩しすぎた。
ずっと働いていた。
終わらない仕事の先にはいつも、切羽詰まった人の顔があった。
彼らの役に立っている自信があったし、自分が成長している自負もあった。
でもいくらやっても終わらなかった。
17時を過ぎて、電話が鳴らなくなってからが作業の時間。
仕事はいつも、片づけるよりも先に増えていったから、電話が鳴るのも、FAXの受信音も、届いた封筒を開くのも、打ち合わせの予約も、何もかもが嫌で
「まだ増えるのか…」とため息をついた。
それでもやっぱり、楽しかったんだと思う。
好きでやっていた。
朝刊を配るバイクのエンジン音で慌てて家に帰り、またすぐに職場に戻った。
案件が片付く度、「私がなんとかした」という気持ちが、確かにあった。
“新しい自分“は、私にも見えるだろうか?
そう問いかけて、もう少しやってみようと決めた。
数年後、その職場は辞めた。気が済んだから。
できることはやり切ったと思えた。
多分、あの時あの書を見たからだと思っている。
「新しい自分が見たいのだ——仕事する 」は『いのちの窓』東方出版に収録されている。
この本にはまた、河井寛次郎自身の「自解」「後記」も収録されているのだが、私がこの本を手にしたのは、安来駅であの“書“を見た数年後のことだった。
あの書以外の河井寛次郎の言葉に触れたのもその時。
「新しい自分が見たいのだ—仕事する」に対する「自解」
昨日の自分には人は皆用がない。繰り返しなんかには用がない。いくら繰り返しをやつて居ると思つても、其の繰返しの中にいつもくり返さない自分を見ようとして居るのだ。どんなつまらない仕事を強ひられて居たとしても、次々により新しい自分を見ようとして引きづられて居るのだ。これ以外に人を動かす動力があるであらうか。
深く肯く。
でもあの日、偶然に駅舎の壁で見かけただけの彼の書が、あのたった十数文字が私に与えた衝撃には敵わない。
河井寛次郎(かわいかんじろう)1890-1966
島根県出身の陶芸家。陶芸のほか、木彫、書、デザインなど多岐にわたる分野で活躍。初期は華やかな作品を制作していたが、中期は「用の美」、後期は「造形」を追求した。