当サイトはアフィリエイトプログラムを利用しています。

「渡河」は貸出中  |秋野不矩美術館の思い出

UnsplashWolfgang Hasselmannが撮影した写真

 

子どもが小学生のころは二人でよく旅行に行った。
離婚してから中学生になるまで、数えるとたった四年のこと。
暮らしに余裕があったわけじゃない。だから節約旅行。

ただ、子どもを“外へ“連れ出したかった。
家ではない、日常ではない、どこかへ。
私が行きたかっただけかもしれない。

 

そのなかの一つが静岡への旅。
寝台特急ブルートレインに泊まって、浜松駅に着いたのは明け方だった。
興奮気味に改札を抜けた私たちを待っていたのはガランと広がるコンコース。

開いている店はなかった。通り過ぎる人もいない。
なにもすることがないから、黙って二人、シャッターの前で店が開くのを待った。見知らぬ駅での、心もとなくて自由な、なにもしない時間。
浜松の旅はそこから始まった。

 

私の目的地のひとつは「秋野不矩美術館」。
浜松市天竜区の丘の上にある美術館で、日本画家「秋野不矩」の作品を中心に所蔵する一方、地域の芸術文化の振興を図る場としても活用されている。

 

「不矩」の本名はひらがなの「ふく」。
画号を「不矩」としたのは24歳で結婚した際。ひらがなの「ふく」ではすわりが悪いからとか、定規に当てはまらない、型にはまらないとう画家の意思が込められているとか言われる。

 

名前の最初に「不」の字を使うという発想が、まず新鮮だった。
打消しから始める感覚に惹かれて、彼女を知りたいと思った。

作家の、“創作に向かう姿勢“を示しているというのは、そうなんだろうけれど、
「伝統的な枠に捉われず、自由な発想」で取り組む対象はやはり、生きることそのものだったのではないか。

6人の子どもを育て、美術学校で後進の指導も続けた。
教鞭をとっていた京都の大学に、インドで日本画の教員を探しているという話が持ち込まれたのがインドを訪れるきっかけで、その時彼女は54歳。
その4年前の50歳の時に離婚している。

 

美術館では、そんな彼女の代表作とも言われる「渡河」が見たかった。
縦143㎝、横365㎝の大きな絵だ。
美術館には設計段階から、この巨大な絵を見るためのスペースが用意されていた。

 

絵には、氾濫した河を渡る水牛が描かれているのだが、その水牛は小さい。
自然が大きすぎるのだ。
どこまでが河なのか、渡った先に果たして水牛たちが安心して這い上がれる岸があるのかもわからない。

それほど圧倒的な自然の中で、でも水牛は流されているようには見えない。
画面上、十数頭はいると思われる水牛の群れ。
初めは数百頭いたのが力尽きた後かもしれない。この後また、一頭ずつ水底に消え、一頭も残らないのかもしれない。
だとしても、彼らは決して弱弱しくはない。自然も、動物も、どちらもがとてつもなく力強い絵だ。

 

私は館内隈なくこの「渡河」を探した。
でも見つけられない。
そもそも見落とすようなサイズではないのだ。掛けられるとしたら、メインフロアである第一展示室しかない。なのに見つからない。

「渡河が見たいんです」と聞いたら、気の毒そうな顔をされた。
「今、渡河は貸出中なんです…」

 

その後、私は浜松に行っていない。
行きたい場所は年々増えていく。
でも「渡河」を忘れてはいけない。秋野不矩美術館で見たい。

 

 

 

秋野不矩(あくのふく)1908-2001
本名は秋野ふく。戦後まもない頃より新しい日本画の創造を目指して活動。54歳の時にインドの大学に招かれ一年滞在。インドに魅せられインドの風景や人々、寺院などをモチーフとした作品を制作した。

 

www.akinofuku-museum.jp