
UnsplashのEgor Myznikが撮影した写真
まあまあ有名な観光地を歩いていて、人力車の車夫を見かけた。
メニュー表を片手に道端で観光客に営業中。
「こんにちは」と爽やかな笑顔。
日焼けした顔に、黒い鯉口、黒半纏。
黒いはんだこ(半股引)から伸びるのは、筋骨たくましい商売道具の脚。
お祭りみたいな和装束は、観光地によく似合う。
「カレー屋さんってあります?」
通りかかった年配の観光客が車夫に尋ねる。登山に行けそうな大きなリュックを背負った二人組だ。
「いや、この辺にはないですね」
「ん?」
私は思わず彼らの方を盗み見る。
あるでしょ?カレー屋さん。
さっき店の前を通ったところだから知っている。
ちゃんと店は開いてたし、カレーのいい匂いもしてた。あの本格的なインドカレーのスパイシーな香りが、この人たちには届いていないのか。
すぐそこの通りの向こう側。
建物で遮られて、ここからは見えないけど。
「そうなんですか」
「そうですね」
会話が終わってしまう、どうする私。
観光地の案内人とも言える人力車の車夫を差し置いて、口を挟むのか?
「…あっちに、カレー屋さん…」
その声で安堵した。
そうそう、あるよね、カレー屋さん。
「あーでも、日本のカレー屋さんじゃないですよ」
わざとなの?
日本のカレー屋って。
「インドとかの?」
「そうそう、インドとかの」
「そうですか、ありがとう」
私が呑み込めないでいるうちに、三人は解散。
色黒の車夫はまた「こんにちは」と声をかけ始めた。
そして私も、振り返らずに通り過ぎた。
あの車夫は入りたての新人だったのかもしれない。
受け持った観光ルートの案内を覚えるだけで精一杯な。
それとも、私が知らない大人の事情でもあったのか? 縄張りとか、派閥とか、人力車の会社の運営方針とか。
あるいは実は、例の店のカレーが不味過ぎた、とか?
わからない。
でも、まあ、旅先のこと、それも縁だよね。

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