
UnsplashのAshim D’Silvaが撮影した写真
今日は2件の仕事に目途がついた。
一つは2年半、もう一つは2年弱ほど関わってきた案件。
このまま何ごとも無ければ、年末か年明けには方が付く見通し。
“終わる”のはいつだって、特別に嬉しい。
なので、終わりが近づくのもやっぱり嬉しい。
私は心底“終わる”のが好きなんだと思う。
仕事が終わるのが嬉しいのは、心配ごとが消えるからとか、飽きるのが早いとか。
理由はそうかもしれないけど、
単純に、目も前に「あった」ものが全部吹き飛んで、
消えて「なんにも無くなる」瞬間が見たいのかも。
身軽で、気楽で、自由で、孤独。
なにも持たないことへの絶望的な憧れがある。
空っぽでいたい。
伽藍洞に居たい。
〆切があっても無くても最短を目指すのが私の癖で、
それが良くないことはなんとなくわかってた。
物事にはそれぞれ“相応な時間“があって
急いだところで結局、帳尻は合うものだとか、
それを無視して無理をすると、
無理をした人間の方にしわ寄せがくるとか。
そういうこと。
でもずっと、「嫌だ、やりたくない」と思うことほど直ぐに始めた。
始めれば終わるから。
とにかく早く終わらせたいから。
やっかい事ほど逃げ出さない。
だってどうせ、私がやるしかないからから。
自分でやれば、他人に頼まなくて済む。他人に頼らなくて済む。
他人に期待してがっかりしないで済む。
日々に、人々に、すべてに感謝できる人を素敵だと思っているのに
密かに私は、一人で生きてきたと思ってた。
密かに私は、感謝する人の顔など思い浮かびもしなかった。
密かに私は、今の自分は自分のおかげだと思ってた。
パンパンに風船を膨らませて、
なにかの拍子に弾け飛ぶのを待つような、そういう遊びだったのかも。
終わりが見たい。
終わりたい。
誰のためにも、もう、何もしない。
そういう瞬間がくるのを待っていた。
でも最近は、出来ても「やらない」ことを覚えた。
自分で自分に文句を言うようになった。
先日コメントでいただいた「今日はひとまず寝よう」という座右の銘のように
積み残したあれこれを抱えたまま、日々を楽しめるようになりたいと思う。
終わらせるのは今も特別で、大好きだけど、
「続けることが楽しい」って思えたらきっと、ずい分違うだろうと思う。
終わらせたくないほど好きなことを一つ、見つけられたらいいなと思う。